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日ごろ思うこと

このページには、日ごろ思う事などを書いていきたいと思います。 どうぞ、お楽しみ下さい。

日本を良くするには、どうすれば良いの?

最近の日本の状況を、皆様はどのように感じておられますか?
私は、昔に比べて、とても情けない社会になってしまったと感じています。

国内を見ると、ワーキング・プアの問題に見られるような格差の拡大、数々の偽装問題に見られる責任ある立場の人達の倫理観の喪失と無責任人間の増加、経済はこれまでになく長い期間好景気を持続していると政府は発表していますが、それを実感できるのはほんの一握りの人達だけで、社会的弱者は「自由競争」の名の下に、切り捨てられ、ますます辛い立場に追い込まれていると思います。

かく言う私たち年金暮らしの老人達も、2年ほど前に税金の老年控除が廃止され、さらに、一律減税も廃止されたため、両者あわせると年間で20万円も増税になり、一方では、介護保険料の値上げ等々で、実質可処分所得は減る一方です。 「老人は早く死ね!」という事でしょうか? 何という、冷たい社会になってしまったのでしょう!

外国を見ると、日本より貧乏で国民の生活も苦しい国もありますが、経済的には日本よりも貧乏であっても、国民に対する思いやりが日本より行き届いていて国民も満足している国も沢山あります。 また、世界の中の日本の位置づけを見ると、最近は中国や韓国、インド、あるいは中東諸国などに追い上げられ、今や、日本は一流国ではなくなっています。

どうしてこうなってしまったのでしょうか?
勿論、少子高齢化や国・地方の膨大な借金、その他、この国が抱える問題は多々あると思いますが、問題があっても、それらにキチンと対処して来ていれば、こうはならなかった筈ですから、結局は、それらの問題に対処して来なかったことが最大の原因だといえるでしょう。
要は、日本国のリーダー達、特に政治家と官僚の無能・無策、保身だけに汲々とする無責任さがもたらしたものだと言えるのではないでしょうか?

この状況を打破するにはどうしたら良いのでしょうか?
私は、「政権交代」しか方法はないだろうと思っています。
その理由の第一は、国民の主導権のもとで政権を交代させるということ自体に大きな意味があると思います。時の政治が良くなければ、アメリカのように、いつでも政権は国民によって交代させられるのだという文化が確立されると、時の政治を預かる人達にも良い意味での緊張感がもたらされ、これまでの政治のように、政治を行なう人達のみの都合の良いように政治を行なうことは出来なくなるからです。

よく、民主党は政権担当能力はないなどと言う人達がいるようですが、やらせて見たこともないのに、どうしてそう言えるのでしょうか? 民主党に政権を渡したくない人達の単なる宣伝文句に過ぎないと思います。
一度、やらせて見たら良いではありませんか。 それで良くならなければ、また、元に戻せば良いだけの話だと思います。 かつての日本社会党もひょんなことから政権を担当することになりましたが、そのことにより社会党も変化しながらチャンと政権を担当したではないですか。

政権を交代させた方が良いという理由の第二は、これまでの長い間、政治を自民党に任せていた結果として、日本が、結局、こういう好ましくない状況に陥ったという事実があります。これは事実です。 「結果責任を取らないでも良い」というなら、誰でも、安易に流れるのではないでしょうか?

何故、自民党政権が日本をここまで駄目にしてしまったかという原因は、いろいろあると思いますが、中でも一番大きな問題は、官僚に振り回され、官僚をうまく使いこなせなかったと言うことだと思います。

官僚はどこの国でも優秀です。専門知識の点では政治家は官僚に及ばないでしょう。しかし、官僚には、国の行政を行なうということの他に、もう一つ、立身出世という個人的な一大関心事があるために、ややもすると既得権益を守り、自分達の縄張りだけを守ろうとする保身意識の強さが生まれ、これが本来必要な改革を妨げ、時代の問題に敏感に対処することを妨げてしまうのです。
このことは、薬害肝炎問題をはじめ、無駄な公共工事の問題その他、皆様も既にイヤになるほど見聞きしておられるでしょう。

そこで、政治家は、官僚の言うなりになるのではなく、己の信ずるところに従い、官僚を使いこなせるだけの芯の強い人物である必要があります。
政治家の官僚に対するスタンスとしては、自民党と民主党と、どちらがこの事をキチンと認識しかつ官僚を使いこなそうという思いと力があるでしょうか?
自民党は、官僚にもたれかかり、官僚に楽をさせてもらって来た政党ではないでしょうか? 何でも官僚に任せておけば、それは、楽で良いでしょう。 でも、それで本当に日本が良くなりますか?

私が民主党に政権を取らせた方が良いと思う理由の第三は、この点にあります。
民主党の小沢さんは、早くからこの点を見抜き、この点の改善を行なう意志があると見ました。
民主党副代表の菅さんも厚生大臣をしている時、薬害エイズ問題に関し、情報をひた隠しする官僚の壁を突き崩して、今までないとされて来た情報を公開しました。
私は、この民主党の姿勢に期待をしています。

官僚は優秀です。その能力を否定するものではありません。 しかし、官僚には本質的な限界があります。 だから、政治家が大きな理想と経綸を携えて、これら官僚を上手に使いこなせるような政治に変えなければ、いつまでも、この閉塞状況からの脱却はできないと思います。

私は次の総選挙に大きな期待を寄せています。 (08/01/22)

映画「蟻の街のマリア」を見て

昭和35年、私が20歳の成人の日に、当時住んでいた杉並区(東京都)で、成人を祝う式典をして下さいました。

その時、式典の中で上映されたのが、昭和33年松竹制作の映画「蟻の街のマリア」でした。

大学教授の娘として裕福な家庭に生まれた主人公の北原怜子(さとこ)さんが、戦争の傷跡がまだ癒えない1950年代の、東京都台東区にあった「屑拾い」を生業としている人々の暮らす「蟻の街」で、献身的な奉仕活動を展開し、遂には過労に倒れ28歳の若さでなくなるまで、そこの人々のために命まで捧げた実話をもとに制作された映画です。

当時、私はこの映画を見て感動して泣きました。

68歳になった現在、私は東京を離れ、栃木県に住んでおりますが、ご近所の親しくして頂いている友人(Sさん)が、映画のビデオを、なんと、8,600本も持っておられまして、見たいものがあれば、いつでも貸して下さいます。

そんな中で、今回は、とても懐かしい、47年前の成人式の日に見た、思い出の映画として、「蟻の街のマリア」をお借りして、再鑑賞したという訳です。

そして、やっぱり、泣きました・・・北原怜子さんの、人のために自分の命までも投げ出す姿に、とても感動します。

小学2年の女の子が、通りがかりの大人に刺されて命を落とすような、殺伐とした、異常な日本の社会の一方で、こんなにも尊い行為を取れる人が居るなんて・・・。

私なんか、とてもこんな真似は出来ませんが、少しでも、人に優しい気持ちを持てるよう努めたいと、改めて思わされました。

「蟻の町のマリア」

「蟻の町のマリア カトリック潮見教会」

8月4日・・・「アンネの日記」

8月4日は、今から63年前の今日(1944年8月4日)、当時15歳のアンネ・フランクが、ナチによって、隠れ家で逮捕され連行されていった日です。

ナチが隠れ家に踏み込んで来た時の驚愕と恐怖は、いかばかりであったでしょうか!!きっと心臓が飛び出る程の恐怖だった事でしょう! 

しかし、彼女は、逮捕される以前の日記にも書いているように、泣き叫んだりせず、毅然として従って行ったのでしょう ・・・ 心に一杯の不安と悲しみを抱きつつ ・・・。

その後、アウシュヴィッツ、ついでベルゲン=ベルゼンに送られ、翌年2月末から3月初めに、チフスのため、亡くなりました。15年の生涯でした。

(その後、この強制収容所が英軍の手で解放されたのは、アンネの死後わずか1ヵ月余り後の1945年4月12日でした。)

私がアンネ・フランクの「アンネの日記」に出会ったのは、たしか中学生の時だったと思います。今から55年程前、終戦から7年後の頃です。その時は、あまり興味も感じなくて、最後まで読まなかった様に思います。

その後、長い間この日記の事は忘れていましたが、ひょんな事から、数年前、書店で 文春文庫の「完全版」を手にし、購入しました。

そして読み進めていくうちに、13歳とは思えない表現力の豊かさと、隠れ家でナチにおびえながらも、将来ジャーナリストか作家になりたいという夢を抱き、かつ、自分自身の人間的成長を意識的に自らに課しつつ、明るく強く生きている姿に感動し、そしてやがて、残酷な戦争によって、その夢を奪い去られていく姿を見るにつけ、言い知れないいとおしさと戦争に対する憎しみとがこみ上げて来たのを覚えています。

そんな訳で、どうしても、今日8月4日は、アンネのことを皆様に再認識して戴きたくて、書かせてもらいました。

アンネの日記には、とても14、5歳の少女が書いたとは思えない、大人にとってもとてもためになる言葉が沢山あります。 いくつか紹介させて下さい。

「私は、どんな不幸の中にも、常に美しいものが残っているという事を発見しました。それを探す気になりさえすれば、それだけ多くの美しいもの、多くの幸福が見つかり、人は心の調和を取り戻すでしょう。(44年3月7日)」

「・・・だからと言って、身の不幸を嘆こうとは思いません。それどころか、その反対に、雄々しく生きたいと願っているのです。(44年3月16日)」

「・・・毎日ただ家事をこなすだけで、やがて忘れられて行くような生涯を送るなんて、私には考えられないことですから。私はぜひとも何かを得たい。夫や子供達のほかに、この一身をささげても悔いないような何かを。ええそうなんです、私は・・・ただ無目的に、惰性で生きたくはありません。周囲のみんなの役に立つ、あるいはみんなに喜びを与える存在でありたいのです。私の周囲にいながら、実際には私を知らない人達に対しても。私の望みは、死んでからもなお生き続けること! その意味で、神様がこの才能を与えて下さったことに感謝しています。この様に自分を開花させ、文章を書き、自分の中にあるすべてを、それによって表現できるだけの才能を!(44年4月5日)」

「書いてさえいれば、何もかも忘れることが出来ます。悲しみは消え、新たな勇気が湧いてきます。・・・いつの日か、ジャーナリストか作家になれるでしょうか。そうなりたい。ぜひそうなりたい。何故なら、書くことによって、新たに全てを把握しなおすことができるからです。私の想念、私の理想、私の夢、ことごとくを。(44年4月5日)」

「つまらない人間で一生を終わりはしません。きっと世の中のため、人類のために働いて見せます。(44年4月11日)」

「実を言うと、良くなるのも悪くなるのも、人の心の持ちようしだいなんです。・・・自分で心の持ちようをコントロールするように努めなくちゃなりません。(44年4月14日)」

「私は空を見上げ、雲を、月を、星をながめる時、心が落ち着いて、辛抱強くなれます。これは決して気のせいではありません。鎮静剤の吉草根や臭化カリウムなんかより、この方がよっぽど優れた鎮静効果があります。<母なる自然>は、私に自分の卑小さを感じさせ、どんな打撃にも、敢然と立ち向かう覚悟をさせてくれるのです。(44年6月13日)」

「・・・もしも幸福をかちとろうとするなら、勤勉に働き、正しい行いをし、怠けたり、ギャンブルにふけったりすることがあってはなりません。怠惰は一見魅力的に見えますが、本当に満足を与えてくれるのは、働くことなのです。(44年7月6日)」

「問題は神を恐れることではなく、自らの名誉と良心を保つことなんです。だれもが毎晩眠りにつく前に、その日一日の出来事を思い返し、なにが良くてなにが悪かったか、きちんと反省してみるならば、人はどれだけ崇高に、立派に生きられることでしょう。そうすれば、知らずしらずのうちに、あくる朝からさっそく自分を向上させようと努めるようになるはずです。その努力を通じて、やがて多くのものが得られるだろうこと、それは言うまでもありません。(44年7月6日)」

「私は自分の目で自分の行ないの間違ったところを見てとり、それを自分自身に突きつけることで、自らそれを矯正してきたのです。(44年7月15日)」

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《アンネ・フランク(Anne Frank)略歴》
・1929年6月12日、ドイツのフランクフルト市で、裕福なドイツ系ユダヤ人家庭の二女として生を受ける。
・父:オットー、母:姉:マルゴー、
・1933年、アンネ4歳の時、一家はナチスの迫害の手を逃れてオランダのアムステルダム市に移住。
・1942年6月12日に13歳の誕生祝いとして日記帳を贈られたのを機に日記を書き始める。(この日以降、逮捕される3日前の1944年8月1日まで日記を書き綴っている。アンネ13歳〜15歳のことである。)
・1942年7月、姉マルゴーの召喚を機に、一家は隠れ家生活に入る。アンネ13歳。
・1944年8月4日、アンネ15歳の時、密告により、ついに逮捕・連行される。
・1994年9月3日、東方の強制収用所に向かう最後の列車に乗せられる。
・1944年9月6日、アウシュヴィッツ到着。
・1944年10月末、姉マルゴーと共にベルゲン=ベルゼン強制収用所に移送。この収容所は極度に衛生状態が悪く、1944年〜45年にかけての冬には、チフスの大流行により数千人の収容者が死亡した。こうした中、まず姉のマルゴーがチフスで亡くなり、さらに数日後、アンネも姉の後を追った。おそらく、1945年2月末から3月初めと推定されている。15年の生涯であった。(その後、この強制収容所が英軍の手で解放されたのは、アンネの死後わずか1ヵ月余り後の1945年4月12日であった。)
・思春期の夢と悩みを赤裸々に綴る鋭い感性と驚くべき表現力!------アンネの日記は永遠の青春の記録として、世界中の人々の胸を打ってやまない。


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